スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--年--月--日 | スポンサー広告

禁煙→分煙

禁煙なんて私には縁遠いことだと思っていました。

それが一ヶ月前くらいに呼吸器科のお医者さんに、
「タバコをやめなければ治療を続けても、
 穴の開いた船から水をかきだすくらいの効果しかありません」
と言われ、やむなく禁煙にトライ。

まずは禁煙外来へ行き、チャンピックスを処方してもらいました。
そして2週間。
だいぶ本数は減ったのですが、やっぱりやめられない。

そしていろいろ考えた結果。
私はニコチン中毒ということではなく、喫煙している自分自身に未練があるんだと気づきました。
そうなんです。
喫煙者である自分が好きだったんです。
例えばバーのカウンターでひとりで飲んでいるときなんかは吸いたくなります。
おそらく客観的に自分を見たとき、タバコを吸っている姿が好きなんでしょうね。
でも家にいるときは吸わなくても全然平気。
職場にいるときも吸わなくてOK。

ということで、禁煙ではなく分煙することにしました。
タバコを持ち歩かないのが秘訣です。
誰にも迷惑がかからずひとりでタバコを楽しむ場面でしか吸わない。
なので数日間吸わないってことも多々あります。
気づいたら禁煙してるかもしれません。
でも恐らく一生喫煙者という気持ちで生きていく気がします。

私の祖父は死ぬ間際までゴールデンバッドを吸っていました。
もちろんお医者さんには止められていたようですが。
私には祖父の血が強く混じっているのかもしれません。
スポンサーサイト
2011年08月06日 | Comments(1) | Trackback(0) | 日記

久々に見たテレビで

ほとんどテレビを見ることはないのですが、
つい先日久々にテレビをつけたら面白そうな2時間ドラマがやっていました。

「警視庁再犯防止課 真崎英嗣」というタイトルのドラマ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E8%A6%96%E5%BA%81%E5%86%8D%E7%8A%AF%E9%98%B2%E6%AD%A2%E8%AA%B2_%E7%9C%9F%E5%B4%8E%E8%8B%B1%E5%97%A3

実際に警視庁にこういう課があるのかは不明ですが、内容は興味深いものでした。

このドラマの中で出てくる少年が、
「普通がどんなに嬉しいものか」みたいな台詞を言っていました。
この少年は前科があり社会復帰したものの、世間から見られる自分の姿に思い悩んでいました。
そんな中、同じ職場で働いている一人の少年だけが自分に対して普通に接してくれた。
その時の気持ちを表した言葉だったと思います。

普通に接する・・・かぁ。

何かしらの犯罪を犯し、それに対して罪を償って社会に戻ってきた。
罪を償ったとはいえ、社会はそれを容易には受け容れてはくれない。
それってね、ある意味仕方がないことなのかもしれません。
でも!自分が被害に遭ってもないのに「お前は犯罪者なんだろう」というのもどうなのかと。
人を信用するのって本当に難しいし大変なことだとは思うけど、
その人を信用した自分を信用すれば済むことなんじゃないかなとも思うんです。

私の周りにも前科のある方が何人かいます。
でも私にとってはそれはどうでもいい情報なんですよ。
それを聞いたところで何にも変わらない。
「あら、そうなの。大変だったねぇ。で、いつ食事する?」ってなくらい(笑)
仮にその方たちに騙されようが、巻き込まれようが、最悪な場合殺されようが、
どうでもいいと思ってる。
まぁ、そんなことするとも思ってないですけどね。
その人を信用した自分を信用しているからなんとも思わないんでしょうね。
もし何かあったとしても「あらぁ、人を見る目がなかったのかしら」くらいにしか思わないと思います。
そしてそれを当たり前だと思ってた。
でもこのドラマを見て実際は違うのかなぁと感じました。
それは自分の子供を信用できない親の描写があまりにもリアルだったから。
そして犯罪はさておいてこういう親御さんが多いということが事実だから。

誰かに自分の子供の行動を咎められたとき、
「うちの子はそんなことする子じゃありませんっ!」と周囲には言っておきながら、
子供には「あんたやったんでしょう?」と聞く親御さんは多いと思います。
そりゃないよ~ですよね。
これは逆の対応をしなきゃならないと私は思うんです。
もし私が子供を持っていたら、実際やったかやってないかは置いといて、
子供のために土下座でもして「申し訳ありません」と謝り、
子供の前では「あんたがやったんじゃないって知ってるけど、ああいう場合めんどくさいじゃん」
って感じで対応すると思う。
子供を心底信用していることを子供がわかってくれればそれでいい。
やったかやらないかは二の次。
もし実際にやっていたとしてもそういう親の対応を見れば子供はもう二度とやらないと思う。
ま、別にやってもいいんですけどね。
子供が親を信用してくれるまで根気よく続けていけばそれでいい。
これは甘やかしでもなんでもない。
とはいえ「まだ子供を持ったことがないのでそんなことが言えるんだ!」
という声も聞こえてきそうですけどね。

人って自分を信用している人間の数が多ければ多いほど強い人間になれると思うんです。
弱みを見せられる相手がいればいるほど強い。
きっと現代は弱みを見せられる相手がいない人が多いんじゃないですかね。
だから私みたいな人のところに見せに来るのかもしれない。
ほんと世知辛い世の中ですよ。
やっぱり信用できる人間は身近に居てほしいですよね。

2011年08月03日 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

久々に

本当に本当に長い間ブログを放置してしまっていました。
こういうものは習慣にしないと忘れてしまうんですね。
もともとマメな性格ではないので意識していかなくては・・・。

さて最近ちょっと気になることが出来ました。
みなさんもご存知の「東電OL殺人事件」。
最近はこの事件に興味を持つ女性が急増しているそうです。
http://nikkan-spa.jp/35418

キャリアOLが売春をしていたことを受けてか、
女性はバカでもかわいい方がいいという感覚を持っているということでしょうか・・・。

というか、その前に。
「女としてのゴール」ってなんでしょうか?
私も女性として考えてみたのですが、さっぱりわからないんですよ。
で、私なりに出した結論は「ゴールはない」ってこと。
仮にあるとしたら目指すゴールは「女として」ではなく「人間として」であればいいと思いました。

私はまだ結婚もしていなければ出産もしていません。
もちろん人並みに焦ったり焦らされたりした時期もありましたが、
今となってはかわいらしい思い出になってます。
開き直ったということではなく、時期が訪れれば自然とそういう流れになるだろうと思っているだけです。

みなさんの話をカウンセリングという形で聞いているなかで、
結婚しているからといって必ずしも幸せではないし、
子どもがいるからといって必ずしも幸せでもない。
モテる人が幸せかといったらそうでもないし、美人が得かといえばそうでもない。
表面的に見える部分だけが幸せであっても、
内面が幸せじゃない人がどれだけいることか・・・。
それに反して、表面的に見たら「哀れだわ」と言われている人が、
本人にしてみれば幸福度が高い場合も多々ある。
それこそどっちが幸せかなんてわからないけれど、それを判断するのは自分ってことですね。

自分を許せるのも奮起させるのも戒めるのも罰するのも誉めるのも、
結局は自分ってことなんだと思います。
周りに認められたいという気持ちのみで生きていたらいつか息が詰まってしまう。
もちろんそういう欲求が人間にあるのも事実ですけどね。
でも自分の人生の主人公は自分なんですから、自分には優しくしてあげてほしいものです。
2011年08月01日 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記
 | HOME | 

プロフィール

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。